本文へスキップ

いろんな分野の研究者と連携することで、学際領域的研究を進めています。

大阪大学 工学研究科
 環境エネルギー工学専攻
プラズマバイオ医工学グループ

研究内容CONCEPT

方針

大気圧低温プラズマは熱負荷を与えることなく対象物を処理できるので、様々な分野への応用がなされています。生体への適用を前提に、プラズマを照射し液中で誘起した化学反応を利用した研究を進めており、時間・空間的な非平衡反応場を化学反応速度論に基づき理解を進めています。液中のプラズマ殺菌の研究を通じて、過硝酸(HOONO2)という化学物質による世界初の殺菌手法を発見しましたが、殺菌力と安全性の比で従来技術に無い特性を有しています。現在は化学合成法により低コストで得られた高濃度の過硝酸溶液を利用しており、その反応素過程を検証しながら、医療、農業、食品分野への適用を進めています(http://www.ppl.eng.osaka-u.ac.jp/pna/)。また、非常に高純度なガスを用いた大気圧プラズマの実験を通じて、新しいプラズマ物理の研究展開を進めており、その一部の成果はガスクロマトグラフ用プラズマ検出器として実用化しています。プラズマ応用を基点とし、物理化学、化学、分析化学、生化学、分子生物学、医学等の幅広い分野との共同研究を進めており、学際領域的な研究を科学的な視点で行える人材の育成を行っています。


大気圧低温プラズマジェット

CEO

大気圧で低温のプラズマを生成する方法の中で、単電極方式による低周波大気圧マイクロプラズマジェット(以下、LFジェット)と呼ばれる方式のプラズマ装置は、構造も簡単で手軽に低温大気圧プラズマを生成できるシステムであり、図1に示す様に指で触れる程度のプラズマが生成出来る7)。LFジェットの電極構造の模式図を図2に示すが、ガラス表面に取り付けた電極に低周波高電圧(〜10kV、〜10kHz)を印加することで、長く伸張するプラズマジェットが得られる。ガラス管形状を工夫することで10μm〜50mm程度の直径のプラズマ生成が可能である。一般的な大気圧プラズマジェット装置は、誘電体パイプ内部で生成した高温のプラズマをガス流により押し流して冷却して利用するアフターグローと呼ばれるタイプがほとんどであるが、LFジェットの放電装置自体にはグランド電極を備えず、高電圧側の単電極のみから構成されるというユニークな構造を有しており、大気中のガス流束内部における部分放電によりプラズマが維持されているために、長く伸張したプラズマジェットが簡便に得られる。誘電体バリアによる希ガスの放電であるため大気圧グロー放電1)と類似の放電機構で安定化されている。構造が単純、低消費電力であるため、図3に示すように、内蔵した乾電池で動作が可能なハンディー型のプラズマ源を、1000円程度の部品代で製作できる。このLFジェットという簡便な装置にて発生した“冷たいプラズマ”を用いる事で、いろいろな新しい応用が広がってくることは想像に難くない。
このように、“単純な構造”で“安価な実験装置”により、“冷たいプラズマ”が得られるという点で、LFジェットは非常に優れたツールであり、筆者の様なプラズマ物理研究者が、化学や生物学など異分野の共同研究者と協力し、様々な新しい応用に関する研究を進めている点で大いに役立っている。


 単電極方式のLFジェットの電極構造図です。一般的なプラズマ装置は、装置内に対向電極を備えているのですが、高電圧電極のみで放電する特殊な形式です。世界で初めて開発したつもりで、日米で特許権利化もしています。対向電極を備えたタイプに比べて、消費電力がおおよそ1桁下がりますので、プラズマ自体の熱化を防ぐことができ、バイオ系の応用には適しています。プラズマ医療分野では同様のプラズマ源を使っている研究者もおられるようです。


ハンディー型LFジェット装置。消費電力が小さいことから、電池一本で動作する装置を1000円で作ることが可能です


プラズマ生成部から低温のため、クマちゃんのぬいぐるみからプラズマを放出することも可能です。

プラズマ誘起液中化学反応場

CEO

大気圧低温プラズマを生体に照射することで、殺菌消毒、止血、治癒などの効果を得るプラズマ医療の分野の研究が着目されている。照射後の結果のみを評価する場合が多く、どのような形(化学種、光、衝撃波、電流、電界など)で生体へ刺激を与えているのか、不明な場合が大半なのが現状である。我々の研究グループでは、プラズマから生成された多くの化学種が生体為害性を有することを利用して、殺菌消毒応用の研究を進めている。基本的なコンセプトは、短寿命な化学種を利用し、生体表層のみに酸化ストレスを与えることで、表層下組織を為害せず殺菌を行うというものである。
このような反応場を利用するためには、反応場を正しく理解する必要がある。ESRを始め様々な分析手法を用いて反応場の理解を進めています。
 

低pH法を用いたプラズマ液中殺菌

CEO

生体の殺菌消毒では、液中の殺菌が必要となるが、これまでにpH4.8以下の環境でプラズマ照射することで殺菌力が100倍程度に高まる低pH法を開発した[1]。この低pH法はプラズマと液体が接触していない間接照射のみならず、水にプラズマを照射し生成したプラズマ処理水でも有効であることを明らかにしてきた[2]。化学種の供給という観点からは、プラズマから発生した多数の化学種のうち、直接照射、間接照射、プラズマ処理水でも残存する長寿命な化学種が低pH法で有効と考えられる。これまで我々が進めてきた研究は、生体為害性を生じる可能性のある短寿命な化学種を、生体に余分に照射しない技術の開発であったとも言える。
プラズマのバイオ応用の1つとして殺菌という分野がある9)。古くから利用されている水銀ランプによる殺菌も広義にはプラズマ殺菌の一つであり、水銀蒸気を含むプラズマから発生する紫外光(UV-C)がDNAにダメージを与える事で不活化が行われる。“殺菌”の概念に関しては用語解説をご参照いただきたい。
現在、医療応用を目的として、プラズマを用いた液体の殺菌に関する研究を、大阪府立産業技術総合研究所の井川聡主任研究員などと進めている。人体などへの生体応用においては、液体自身または液体が介在する対象物の殺菌技術はきわめて重要であるが、従来、十分な殺菌力を得られる実験結果は皆無であった。液体にプラズマを照射した場合、プラズマに含まれる高エネルギーのイオンや電子は液中に侵入することが出来ず、活性種の大半は液体中で消去されてしまう。そのため、細菌に直接接触できる気相中殺菌と比較すると、液中殺菌はきわめて非効率的である。しかしながら、筆者らのこれまでの研究により、液体のpHを制御することで液中殺菌の効率を飛躍的に向上させることに成功している6)10)。
様々なpHのバッファーに大腸菌を懸濁し、LFジェットを照射後の生菌数の変化を調べた。図4に示すように、中性付近であるpH 6.5の条件下では、5分間のプラズマ照射でも生菌数の減少は見られなかった(これは実験の再現性を高めるために弱いプラズマ条件で統一しているのも1つの理由である)。pH 4.7以下の条件では生菌数がプラズマ照射時間に応じて大きく減少しており、その効果はpHが低くなるにつれて強くなることが分かった。なお、実験に用いたすべてのpHのクエン酸バッファーにおいて、菌を懸濁しただけの状態では生菌数の減少が見られなかったことから(グラフのプラズマ照射0秒の点を参照)、殺菌効果はバッファーのpHだけに依存したものではなく、プラズマ照射と酸性条件下という相乗効果によって高まっていることが分かる。
殺菌力の指標としてD値(生菌数が1/10に減少するのに必要な時間)があり、D値が小さいほど殺菌力が高いことを意味する。図5に示す実験結果から算出されたD値はそれぞれpH 3.7、4.2、4.7、5.2の時に0.21、0.59、0.96、1.9分であった。pH 6.5においては生菌数の変化はほとんど確認されなかったため正確な数値を求めることは出来ないが、最も短く見積もってもD値は20分以上であった。つまり、液体のpHを3.7に調整することで、中性条件であるpH 6.5の場合よりもD値が1/100以下になっており、殺菌力が劇的に向上していることがわかる。このようにpHを4.7以下に下げて殺菌する手法を“低pH法”と呼ぶ。大腸菌のみならず各種口腔内細菌や好酸性菌など各種の菌に対しても同様の効果が得られることを実験的に確認している。
液中の活性酸素として、ヒドロキシラジカル(HO・)、ヒドロペルオキシラジカル(HOO・)、スーパーオキシドアニオンラジカル(O2-・)等が知られており、それぞれ細胞の生活動にともなって生成されることから生体内フリーラジカルとも呼ばれる。酸化力、殺菌力の観点からは以下のような関係が一般的に知られている。
  酸化力   HO・ ≫ HOO・ > O2-・
  殺菌力   HO・ > HOO・ ≫ O2-・
OH・は殺菌力が強いことが知られ、気相滅菌や各種化学反応では有用なことが多いものの、液中での寿命は非常に短く、気液界面から液中へ供給されたとしてもほとんど侵入できないために、10mmの厚さを殺菌できている本手法の主因とは考えられない。ここで着目すべきなのはHOO・とO2-・が酸解離平衡により相補的な関係である事である。HOO・は電荷を持っていないことから、細菌の脂質二重膜を通過しやすく、大きな殺菌力を持っているという特長を有している。この2つのラジカルの平衡関係は式(1)に示す式で書かれる事が知られている。
  HOO・   O2-・ + H+  (pKa = 4.8) (1)
酸解離係数pKaは4.8であることから、pHが4.8以下でこの平衡関係が急激に左方向へ進むことがわかる。つまり、気相中の酸素が由来となって液中に生成されたO2-・は、液体のpHが下がった条件下では、HOO・に変化する割合が高まり、強い殺菌力をもたらす。このラジカル平衡が、実験で確認されたpHが4.7以下で高い殺菌力をもたらしている理由だと考えられる。
体液はpHを中性に保つバッファー能を有しているために、人体環境下でLFジェットを適用するにはpHを低下させる技術が必須である。現在、低pH法の歯科治療への応用11)を鶴見大学歯学部大島朋子准教授らと、外科手術時の消毒応用を国立がん研究センター東病院の金子和弘医長らと研究を進めており、マウスやラットを用いた動物実験を行っている。pHを下げる事で体細胞に対するダメージを懸念される方も多いかと思うが、清涼飲料水のpHは3以下のものが多く、そのような酸性液を消毒が必要となる体表面のみに塗布することはさほど問題にはならないと考えている。

プラズマ処理水(PTW; plasma-treated water)を用いた殺菌

CEO

現在、低pH法を歯科分野の殺菌消毒に応用する研究を進めており、細菌感染した歯質(う蝕)[4, 5]、感染根管治療[6]、インプラント周囲炎[7]のモデルにおいて、本法が、従来の殺菌剤に比べて格段に高い殺菌力を有することを実証してきた。プラズマ処理水中の過硝酸濃度は10mM程度であることから、菌液の実験結果で得られたCT値を用いて他の殺菌剤との比較を行ったところ、プラズマ処理水は過酸化水素で100%相当の殺菌力があることがわかった。このような非常に高い殺菌力が、様々な歯科感染モデルでの殺菌に成功した理由と考えている。
 プラズマ処理水の研究を通じて、過硝酸を用いた殺菌技術の開発に至ったが、化学合成法を用いれば高濃度の過硝酸溶液を安価に得られ、実用的には望ましいと考える。新規殺菌剤の実用化のためには生体安全性の評価が必須である。OECD毒性試験ガイドラインに従った動物実験による安全性試験を外部機関で行ったところ、急性毒性は皆無であったが、体温で数秒にて失活するために残留毒性がなかったと考えられる。過硝酸を用いた殺菌は、殺菌力が非常に高いにもかかわらず安全性が高く、新しい殺菌剤として幅広い応用展開が期待される。

プラズマ処理水の研究は世界中で行われているが、我々の開発したプラズマ処理水は、熱失活を防ぐために低温で保持した水に照射することと、低pH法を利用することから、類似する他の研究とは有効成分が異なっていると考えられる。殺菌力の観点からも類似する研究とは4桁程度は異なっており、全く別物と言える。
 プラズマ処理水の分析を進めることで、過硝酸(HOONO2)が有効成分であることが判明した。我々は、過硝酸からラジカル解離したHOO・が細胞内に酸化ストレスを与え殺菌が進んでいると考えている。過硝酸という化学物質の殺菌利用は過去に報告が皆無であり、本法は世界初の殺菌手法である。

過硝酸を用いた新規殺菌技術

CEO

HOONO2という化学式で示される過硝酸という化学物質は、活性酸素窒素種として古くから知られていますが、我々のグループが世界で初めて殺菌剤として利用を行いました(特許成立済)。殺菌力と安全性の比に優れる新規の殺菌剤として、医療、食品、農業分野など様々な分野での応用が期待できます。コンソーシアムを構築して研究開発を進めております。詳細は過硝酸応用研究開発コンソーシアムをご覧ください。

プラズマ処理水の研究は世界中で行われているが、我々の開発したプラズマ処理水は、熱失活を防ぐために低温で保持した水に照射することと、低pH法を利用することから、類似する他の研究とは有効成分が異なっていると考えられる。殺菌力の観点からも類似する研究とは4桁程度は異なっており、全く別物と言える。<br>
 プラズマ処理水の分析を進めることで、過硝酸(HOONO2)が有効成分であることが判明した。我々は、過硝酸からラジカル解離したHOO・が細胞内に酸化ストレスを与え殺菌が進んでいると考えている。過硝酸という化学物質の殺菌利用は過去に報告が皆無であり、本法は世界初の殺菌手法である。

ウルトラピュアプラズマ

大気圧プラズマは表面処理から医療・バイオまで応用範囲が拡大しているものの、反応素過程に関してはいまだ不明な点も多い。我々は大気圧ヘリウムプラズマからダイマー発光である60〜100nm(13.5〜17.7eV)のHopfield emission真空紫外]を利用したガスクロマトグラフ用プラズマ検出器(BID: Barrier discharge ionization detector)の製品化を行っており、その開発過程でプラズマ生成用ガスの純度が検出感度に大きく影響を与えていることが判り、超高純度ガスを用いたウルトラピュアプラズマに着目することとなった。東京大学の寺嶋教授らによるクライオプラズマの実験では、ガスを超低温にすることでHeのダイマー発光(640nm)の強度が上がったが、それは絶対零度近くに冷却することでHe以外の不純物ガスが液化した事によるHeガス純度の上昇が大きな要因である。一般的な大気圧プラズマの実験では〜ppmの不純物を有する高純度ガスを用い、それ以下の不純物の影響を想定しない場合が多いが、極微量不純物により発光スペクトルが変化することから、原子分子過程にも影響があり、放電そのものや各種活性種生成に対して影響を与えていると考えるべきである。
今回、ウルトラピュア大気圧ヘリウムプラズマの真空紫外分光を行った。同軸構造の誘電体バリアー放電により大気圧グロープラズマを生成した。110nm以下の波長は窓材が存在しないために測定が困難であるが、真空紫外分光器をHeガスでパージすることで測定を行った。プラズマ生成用ガスは99.99998%の高純度Heガスをさらに加熱ゲッター方式のガス純化装置を通すことで、不純物濃度を10ppb以下にした。不純物濃度が発光強度に与える影響を評価するために、純化装置の電源を入れてから80nmの発光強度の時間変化を測定したところ、純化装置の温度が上がり出す初期に一旦発光強度が下がるものの、純度向上と共に徐々に発光強度が上がっていき数時間後に一定の強度で落ち着いた。また、超高純度になるにつれ、肉眼、高速カメラ(iCCD)で観察したプラズマ形状も変化していた。可視分光器での発光スペクトルの変化も観察され、放電そのものが大きく変わっていることが明らかになった。
理論モデルやシミュレーションでは計算コスト等の問題もあって不純物を考慮しないのが一般的で、実験と理論が乖離した状態で発展してきたが、不純物濃度がppbオーダーのウルトラピュアプラズマを用いて研究を進めることで、新しい観点から大気圧プラズマ科学が展開できると期待できる。
共同研究先の島津製作所から販売している製品は下記を参考にしてください。ちゃんと売れているとのことで、世界最大の分析装置の展示会で受賞するなどしています。当初はシステムガスクロマトグラフとしてTraceraという名前で販売していましたが、現在は、島津のガスクロマトグラフの汎用検出器としてBID(Barrier discharge Ionization Detector)という名前で普通にラインナップされています。実用的には有機ガスから無機ガスまで、高感度で検出できる性能を有しており、燃料電池の開発現場などで使われてるそうです。そういうユニークな特徴を持った検出器が完成するとは思わずに、楽しいからやっていただけってところもあるんですが、科学研究と産学連携を同時にできてラッキーです。
TraceraのPDFパンフ
プレスリリース
日本向け
BIDの紹介
海外向け
「ぶんせき」での研究内容紹介



バナースペース

北野研究室

〒565-0871
吹田市山田丘2-1 大阪大学大学院 工学研究科 A12棟201号室

TEL 06-6105-5211
FAX 06-6105-5211